AIは音楽を作るのか、それとも音楽家を拡張するのか

エッセイ

2026年1月21日、ACE StudioとEASTWEST Soundsの業務提携が発表されました。

ACE Studio Partners with EASTWEST Sounds to Revolutionize AI-Powered Music Creation
Los Angeles, CA — ACE Studio, a leader in artificial intelligence technology for musicians, toda...

一見すると、また一つ「AIが音楽制作を変える」という類のニュースのようにも見えます。しかし発表文を注意深く読んでいくと、この提携が示している方向性は、現在SNSなどで話題になっているSunoのような音楽生成AIとは、かなり異なっているように思われます。

ACE Studioは、自動的に楽曲を生成するツールではなく、「表現力豊かなパフォーマンス」のための制作ツールであることを明確に打ち出しています。フルトラック(音楽全体)をワンクリックで生成するのではなく、MIDIベースの操作や、編集可能なAIインストゥルメント、プロ仕様の表現コントロールを重視している点が強調されています。

さらに、そのパートナーが、長年にわたってプロの制作現場を支えてきたEASTWESTであるという事実も、ACE Studioの立ち位置を象徴していると言えるでしょう。

ここで興味深いのは、「AIを使う音楽制作」とひとくちに言っても、その設計思想によって、まったく異なる文化が生まれ得るという点です。

Sunoのような音楽生成AIは、自然言語のプロンプトによって音楽を一括生成するモデルを採用しています。ユーザーはテキストで指示を与え、その結果として出力された音源を評価し、気に入らなければ再生成します。このプロセスは非常に手軽であり、音楽制作の敷居を劇的に下げたという意味では、大きな意義があります。

一方で、この構造は、創作行為を「確率的な試行」に近づけている側面も持ちます。どれだけプロンプトを工夫しても、内部の生成過程はブラックボックスであり、最終的に得られる音の良し悪しは、ある程度「引き」の要素に左右されます。

期待を込めて生成ボタンを押し、結果を受け取り、満足できなければもう一度回す──この心理構造は、いわゆる「ガチャ」を回す行為とよく似ています。

この点は、単なる比喩ではなく、マネタイズ構造とも深く結びついている可能性があります。生成回数が消費行動と直結するモデルにおいては、ユーザーは自然と「消費者」として位置づけられます。つまり、創作プロセスそのものよりも、結果の即時的な満足が価値の中心に置かれる設計になりやすいわけです。

ここで問題にしたいのは、ガチャ的であること自体の善悪についてではなく、それが「創作」という営みとどこまで相性が良いのか、という点です。

ACE Studioの方向性は、この構造とは対照的だと言えます。MIDIベースの操作や、演奏ニュアンスの編集、音色や表情の細かな設計といった、従来のDAW文化と連続した制作プロセスが維持されています。AIは、音楽を丸ごと生成する存在ではなく、演奏や編集の精度や効率、リアリティを拡張する役割を担います。

この場合、ユーザーの操作は「確率操作」ではなく「因果操作」に近づくと言えるでしょう。「ここをこう変えれば、音はこう変わる」という手応えが残るのであり、試行錯誤は、ガチャを回す反復ではなく、彫刻のような微調整の積み重ねに近付きます。

また、両者の違いは「操作の解像度の違い」として捉えることもできるでしょう。自然言語による生成は、操作解像度が低く、結果は確率に委ねられやすいことに対して、MIDIや編集ベースの操作は、解像度が高く、因果関係を身体的に把握しやすいです。

つまり操作解像度が低いほど、人間は「結果を待つ側」に回りやすくなり、操作解像度が高いほど、「過程を設計する側」に立ちやすくなるわけです。

この差は、単なるユーザーインターフェースの違いではなく、創作主体のあり方そのものに影響を与えるものです。

ここから一つの仮説が浮かび上がります。

将来的に、Suno型のAIは「音楽(BGM)生成インフラ」のような存在へと近づいていく可能性があります。その一方で、ACE Studio型のAIは「楽器そのものの進化」に近いポジションを取るかもしれません。

前者は産業インフラとして成長・普及していき、後者は文化装置として深化していく──。

もしそうだとすれば、両者は単純な競合関係にはならず、異なる役割を担いながら並走していくことになるのでしょう。

誰でも即座に音楽を生成できる環境が整う一方で、音楽を「設計し、編集し、構築する」営みの価値は、別のかたちで再定義されていく。その分岐点に、いま私たちは立っているのかもしれません。

ACE StudioとEASTWESTの提携は、少なくとも「音楽家の仕事を消滅させるAI」ではなく、「音楽家の仕事を拡張し続けるAI」という可能性を、現実的なプロダクト設計として示そうとしているように見えます。

AIは音楽を作るのか、それとも音楽家を拡張するのか。その問いは、単なる技術論ではなく、これからの音楽文化の設計思想そのものを問うものでもあり、今後も注目していく必要があります。

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