レビュー『対位法』下総皖一 著

ブックレビュー
対位法 音楽講座
音楽之友社
下総 皖一 (著)

(初出2002年4月9日)

対位法の学習のための教科書は数多くありますが、本書は「二声対位法に習熟することが最も大切だ」という著者の言葉通り、二声対位法の解説がとても充実しています。

二声対位法の解説は本書の約半分(約80ページ)にあたり、これを熟読し実践するだけでも、かなりのステップアップが叶うことと思います。対位法という西洋音楽の美的判断基準を身に付けることは、自らのオリジナリティを築いて行く基礎的な力のひとつとなってくれるでしょう。

対位法は、和声法と並んで、西洋音楽の伝統的作曲技法の両輪を成す理論です。この種の理論においては、いわゆる「禁則」と呼ばれるものが目立つために、とかく「現代において意味がない」と思われがちです。しかし対位法は本来、声楽の自然かつ充実した作曲を念頭に置いたものですので、「自然に無理なく歌える曲を作る」ための知恵なのだと捉えることが必要でしょう。

ですから、最終的には対位法の技術の習得というよりも、対位的な旋律感覚を身に付けることが肝要です。複数の旋律が絡み合い、同時に和声的空間をつくり出しつつ、それぞれの旋律の主張が出たり引っ込んだりしながら音楽を形作っていく、そんな音楽感覚を養って行ければ本書の価値はあるでしょう。

また、こういった本は耳で音楽を理解すると同時に、眼と頭でも音楽を理解することを助けてくれるものだと思います。著者も前書きで述べているように、対位法は徹頭徹尾作曲技術の修練であり、ぜひその修練を通して己の美的判断を磨くことに繋げたいものです。対位法は決して、「**せねばならない」というような偏狭な存在ではありません。

対位法 音楽講座
音楽之友社
¥1,327(2025/06/01 07:47時点)
下総 皖一 (著)

『対位法』の目次

  • 序編 旋律作法上の注意
  • 第一編 単式対位法
    • 第一章 二声対位法
    • 第二章 模倣法とその応用
    • 第三章 三声対位法
    • 第四章 四声対位法その他
  • 第二編 複式対位法
    • 第一章 八度転回対位法
    • 第二章 十度転回対位法
    • 第三章 十二度転回対位法
  • 終編 動機の展開

著者について

下總 皖一(しもふさ かんいち)

下總皖一は日本の近代音楽の基礎を築いた重要な音楽理論家であり、多くの理論書(「和声学」「作曲法」「日本音階の話」「作曲法入門」「楽典」「音楽理論」「対位法」など)を著しました。34歳の時には文部省在外研究員としてドイツへ留学し、ベルリンの国立ホッホシューレ(ベルリン芸術大学)で、世界的に有名なパウル・ヒンデミットに作曲を師事しました。この留学は彼に大きな影響を与え、西洋音楽を深く学ぶ一方で「日本人である自分にしか表現できない作曲」への意識を強めていったとされています。

作曲家としては、「たなばたさま」「はなび」「野菊」「ほたる」といった童謡・文部省唱歌が特に有名です。合唱曲、器楽曲、協奏曲、校歌など、作曲分野は極めて幅広く、筝や三味線の曲など日本の伝統音楽にも深く関わり、その総作曲数は1200曲以上、2000曲とも3000曲とも言われています。

教育者としても非常に厳しく、門下生には團伊玖磨、佐藤眞、芥川也寸志、松本民之助、山岸磨夫といった、日本の音楽界を代表する作曲家たちがいます。温厚な人柄で多くの教授から尊敬を集めていた一方で、教育に関しては一切の妥協を許さなかったと言われています。