(初出2002年4月10日)
西洋クラシック音楽を対象にしたリズム論の古典的名著です。“リズム”という概念の枠組みを明確にしつつ拡大し、音楽のリズム構造についての理論を体系付ける試みがなされています。単なるリズム分析についての教科書という位置付けに留まらず、音楽の根源的な構造と知覚に迫る画期的な著作として、今なお多くの研究者に影響を与え続けていると言われています。
本書は、それまでの音楽理論が拍子記号や小節線といった記譜法に囚われがちだった「リズムの捉え方」に対し、「知覚的なグルーピング」という新たな視点をもたらしました。著者らは、リズムを知覚するプロセスを、弁別(differentiation)と相互関係付け(interrelation)という二つの基本的な心理的活動として捉えているのが特徴的です。
例えば、従来の音楽理論では混同されがちだった「拍子」と「リズム」を明確に区別し、拍子を「等時的に繰り返される拍の階層構造」として、リズムを「音の強弱、長さ、高さなどによって生じる知覚的なグルーピング」として定義しました。これは、音楽の知覚において何が最も本質的であるかを問い直す画期的なアプローチと言えるでしょう。
本書の核となっているのは「グルーピングの法則」です。ゲシュタルト心理学の知見に基づき、音楽を構成する音の連続がどのようにまとまって知覚されるかを体系的に説明しています。
例えば、最も基本的なグルーピングの法則として、以下の3点が挙げられています。音符同士が時間的に近いほど、それらはグループとして知覚されやすいという「近接の法則」。パターンが繰り返されることで、グループとして知覚されやすくなるという「反復の法則」。そして、強勢のある音符は、グループの開始点や終点として知覚されやすいという「強勢の法則」です。
これらの法則は、楽譜上だけでなく、実際に音楽を聴く際の知覚的な体験を分析するための強力なツールとなります。著者のクーパーとマイヤーは、これらの法則を具体例(最後はトリスタンとイゾルデの抜粋)と共に多数提示し、様々な音楽作品におけるリズムの多様な現れ方を詳述すると共に、作曲におけるリズムの視点にも言及しています。
本書が他のリズムに関する著作と一線を画す点は、上記で示したように、その根底に流れる知覚心理学的な視点と、それが単なるリズム分析に留まらず、音楽形式論へと拡張されていく点にあります。
従来の音楽理論書が、既成の記譜法や楽曲分析の枠組みの中でリズムを扱ってきたのに対し、著者らは、人間がどのようにリズムを知覚し構造化するかという心理的なプロセスに焦点を当てました。このアプローチは、音楽学において画期的なものでした。
さらに著者らの理論は、フレーズやセクションといったより大きな音楽形式の分析にも応用可能であることを示唆しています。著者らは、リズム構造が音楽の形式や表現にどのように寄与するかを考察しており、これは単なるリズムの「拍子」分析を超えた、音楽の形式論への重要な示唆を含んでいると言えるでしょう。
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音楽において「リズム」と言う場合、それが指すものは多岐にわたります。ポピュラーなところでは、8ビートとか4ビート等と呼ぶリズムがあり、また、規則的な律動、躍動感をリズムと呼んでいます。音楽全体から感じる「ノリ」のことをリズムと呼ぶこともあります。「音楽」という言葉が指すものが広大であるように、「リズム」という言葉が指すものもまた、広大なものです。
著者の言葉を借りるなら、「ある旋律が、単に音高の連続ではなくそれ以上のものであるのと同様に、リズムもまた、音長の比率の異なる連続ではなく、それ以上のものだ」と言えるでしょう。
本書では、小さなフレーズを元にリズムの役割を階層化して行き、それを発展拡大し、音楽が生み出すダイナミズムを明らかにしようと試みます。音符の連続というリズムだけではなく、フレーズ間や、まとまりを感じさせる楽節間でのリズムにまで矛先を向け、「曲全体のリズム構造」という視点を提示して行きます。
作曲している時に感じている「曲のまとまり感」を、意識的に捉えたり、操作したりするためのボキャブラリーを、今や古典となった本書は新鮮な発見と共にもたらしてくれます。
『音楽のリズム構造』の目次
- まえがき
- 第1章 定義と原理
- 1.1 構築的レヴェル、1.2 パルス、1.3 拍子、1.4 リズム、1.5 アクセント、1.6 強勢、1.7 グルーピング
- 第2章 低次の構築的レヴェルでのリズム
- 2.1 2拍子におけるトローキーとアイアンブ、2.2 アーティキュレーションと構造、2.3 2拍子におけるアンフィブラック,アナペスト,ダクティル、2.4 3拍子におけるダクティル,アナペスト,アンフィブラック、2.5 個々のリズムの性格、2.6 3拍子におけるアイアンブとトローキー、2.7 リズムの曖昧さ、2.8 旋律の運動に対するリズムの影響、2.9 要約と実例、2.10 練習問題
- 第3章 より複雑なリズム構造
- 3.1 理論的な考察、3.2 高次のレヴェルでのリズムの結合、3.3 高次のレヴェルでのグルーピング、3.4 部分全体の分析、3.5 練習問題
- 第4章 リズムと拍子
- 4.1 拍子と小節線、4.2 不一致、4.3 拍子に対する強勢の影響、4.4 シンコペーション,掛留,タイ、4.5 拍子の交差、4.6 練習問題
- 第5章 リズム,可動性,緊張
- 5.1 リズムと可動性、5.2 リズムと緊張、5.3 拡大されたアナクルーシス、5.4 アクセントづけられた休符、5.5 まとめのための例、5.6 練習問題、
- 第6章 リズム,連続性,形式
- 6.1 リズム,形式,形態上の長さ、6.2 連続性と形式、6.3 主題,非主題,連続性、6.4 リズムとテクスチュア、6.5 練習問題
- 第7章 リズムの展開
- 7.1 曖昧なリズム、7.2 リズム的に漠然としていること、7.3 リズムの変態、7.4 アナクルーシス的な展開、7.5 練習問題
- 第8章 長い譜例
- ショパン:前奏曲 変ホ長調,op.24、ベートーヴェン:交響曲8番 第1楽章
- 記号の一覧表
- 訳注
- 用語・用語関連人名索引
- 楽曲索引
- 原語・訳語対応表
- 訳者あとがき
著者について
G・W・クーパー
グローヴナー・クーパー氏は1911年の生まれで、シカゴ大学に勤務の後、1970年頃に退職されました。その著『聴き方を学ぶこと』は今でも読まれているようです。(本書より引用)
L・B・マイヤー
レナード・マイヤー氏は1918年の生まれで、シカゴ大学からペンシルヴァニア大学に移られましたが、すでにそこも引退してニューヨークに済んでおられます。(本書より引用)