レビュー『大作曲家があなたに伝えたいこと』千蔵八郎著

春秋社

千蔵八郎 (著)

（初出2002年4月9日）

およそ百人に及ぶクラシック音楽界の作曲家の発言をまとめ、音楽学者である著者千蔵八郎氏が解説コメントを加えた一冊です。目次の抜粋をご覧のように、古くはラモーやクープランから、近年ではクセナキスやリゲティ、武満徹に至るまで、作曲家の百花繚乱といった感があります。

各作曲家の発言は、「創造への手がかりとその表現」という観点から取り上げられており、著者の手でその背景や意図を解説することを通じて、読者は作曲家たちの思考や創作過程への理解を深められるように構成されています。

本書では見開きごとに一人の作曲家が取り上げられており、まず作曲家の発言が提示され、そして著者による解説がそれに続きます。作曲家の発言は具体的な作曲活動の苦悩や喜びの中から発せられたものばかりなので、作曲家の創作活動に興味のある方には堪らない内容でしょうし、特に作曲をされる方にとっては「百人の作曲家による講演ダイジェスト」として、気付きと励ましを与えてくれることでしょう。

一般的な音楽史や作曲技法に関する書籍では、音楽理論や作品分析が中心となることが多いですが、本書では一貫して作曲家自身の言葉や行動に焦点を当てています。これにより読者は、作曲家たちの内面や哲学、創作の裏側にある人間的な側面を垣間見ることができ、単に知識としてではなく、生きた芸術家の思想に触れるような体験を得られるでしょう。

対象となる作曲家たちも広範囲にわたっており、古典派のベートーヴェンやモーツァルトといった特定の時代のポピュラーな人物だけでなく、ヤナーチェク、ブゾーニ、ウェーベルン、ヴァレーズ、コープランド、ルトスワフスキなど、現代音楽の巨匠たちの言葉も多数収録されている点が特筆されます。その結果、時代や様式を超えて「作曲家」という存在に共通する、あるいは時代とともに変遷していく「創造性」の姿を探ることが出来るでしょう。

一人の作曲家が自らの音楽観を語る書籍が多く見受けられる中で、本書のような構成は、読者に多様な創作哲学を比較しながら学ぶ機会を提供してくれますし、この点が他の類書には見られない独自性になっていると言えます。

ただ、作曲家一人当たり2ページという紙面の制限から、著者の掘り下げは必ずしも深いものとはならず、専門家から見れば物足りない印象もあるかと思います。しかし、音楽学者である著者の手によって集められたその内容は貴重であり、さらなる読書や研究のための道先案内としても有益なものです。

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これはちょっとした裏読みなのですが、作曲家の対外的な発言には、本音で語ったものもあれば、ポーズを作って語ったものや皮肉を交えたものもある様に思われます。例えば、その時の聞き役から的外れな質問をされた場合に、わざと「はぐらかす発言」をすることが考えられます。

有名な登山家による「そこに山があるから」という発言は、「なぜ登るのか」という愚問（だと登山家は思った）に対するトンチ（ユーモア）の利いた回答だったのかもしれません。本書に登場する作曲家のなかにも「皮肉家」がいます。作曲家のことに詳しい方は、本書を読みながら「ひねった言い回しをしているなあ」とか「当て付けているのかな？」などと思うこともあることでしょう。

そこで読み手としての想像力を働かせながら、作曲家の真意を測ったり、自分なりのコメントを考えて心の中で作曲家へ返答してみたりという風に楽しんでみるのも一興だと思います。

大作曲家があなたに伝えたいこと　100のアイディア

春秋社

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千蔵八郎 (著)