「知るを楽しむ」を愉しむ

エッセイ

(初出2007年3月29日)

レコーダーに録っておいた、NHK「知るを楽しむ」を観る。篠田監督が語る武満徹のシリーズ第4回でした。

個人的にちょっと印象に残ったのは、自然・樹の峻厳さに関する発言の映像で「古い…古木。いや、老木の云々…」と多重形容を言い直したところ。

武満は生前、外国人音楽家たちから崇拝と言っても良い慕われ方をされていたのは、つとに有名です。ご家族いわく、普通の英語圏の人なら使わないような哲学的な単語をぽつぽつと繰り出し、しかも問われている内容があんまり判っていないくせに、真面目な顔をしてポツンと単語で答えたりするものだから、相手が深読みして感心してしまうだけ──とのこと。
(定かな記憶ではありませんが、谷川俊太郎のインタビュー本の中でご家族がこうした旨の話をされていたと思います)

ご家族の謙遜や照れ隠しの側面もあるにせよ、公の場での武満のセルフ・プロデュースの意識が高かったことは確かですし、そのことは言葉の単語の選び方や文章でのルビ打ち等を見てもよく分かります。そういう“役者武満”な部分を、上記の映像の一瞬にも見て取ることが出来て、ニヤリと面白かったです。

また反面、娘さんと一緒に映っている場面(第3回など)では、ニコニコでホニャホニャのおじさんだったりするなど、シリアスに「…質的に、豊かな…」とコメントしている場面とのギャップが愉快なのであります。シリーズ全体としては、初見の写真や映像もいくつかあったので満足しています。

しかし、何度も画面に登場した、あの「ワイングラス片手に大部のスコアをニンマリと見眺める姿」の写真は、個人的にはやり過ぎな感じもしたりします。これは当時、周りからの勧めによるものが大きかったのかもしれませんが、こういう写真はもっと後の時代に武満が神格化されてから出してきても良いように思いますが、いかがでしょうか。

もしかすると、娘さん辺りが「パパって“格好付け”だったのよねえ、ほら…(笑)」みたいに、非神話化への確信犯的選択として出してきているのだとしたら面白いな、と想像してみたりもします。

余談ですが、武満の命日と私の誕生日は同じなのです。家で誕生日の食事を取っていた時、テレビでニュース速報が流れたのを見て驚いたことを思い出します。

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プロフィール
Masaharu      

ジャズとクラシックをベースに、実験的なクロスオーバー音楽を創作。舞台音楽やゲーム音楽の制作経験を活かし、物語性のある音楽を追求している。
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