この記事では、Cubaseでのリアルな演奏表現に欠かせない「エクスプレッションマップ」の中でも、表現力を高めるために役立つ「グループ機能」に焦点を当てて、中級者以上を対象に解説していきます。
エクスプレッションマップは、キースイッチ等をアーティキュレーションに割り当てる便利な機能です。そして複数のアーティキュレーションを組み合わせたい時には、この「グループ機能」が真価を発揮します。
例えば、「レガートで演奏しつつ、特定の音にアクセントをつけ、さらに全体にサスティンペダルを効かせる」といった複雑な表現も、グループ機能を活用すればスマートに実現できます。
ただ、複雑な構成のエクスプレッションマップには厄介な問題があるのですが、その解決策となる便利なツールもご紹介しますので、エクスプレッションマップのヘビーユーザーの方もぜひご覧ください。
エクスプレッションマップの基本について
まず簡単にエクスプレッションマップの基本的な内容について触れておきます。
- アーティキュレーション
レガート、スタッカート、ピチカート、ミュートといった奏法のことです。 - サウンドスロット
インストゥルメント(楽器や音色)を選択するためのMIDI情報(キースイッチやCCなど)を格納する場所です。各サウンドスロットには、1つまたは複数のアーティキュレーションを関連付けることができます。
基本的には、アーティキュレーションとサウンドスロットを一対一で組み合わせてインストゥルメントをトリガーする(選択する)というのが普通の使い方です。この場合は複数のグループを使用する必要はありません。
例えば、サスティンやスタッカートなどの複数の音色がまとめられた「キースイッチパッチ」の場合、「Sustain」「Staccato」などと名付けたアーティキュレーションを各サウンドスロットに割り当て、サウンドスロット内の出力マッピングにキースイッチ情報を入力していきます。
このようにエクスプレッションマップは、楽譜上の演奏指示(アーティキュレーション)とバーチャルインストゥルメントの音色を結びつける翻訳機のような役割を果たし、MIDIデータを細かく編集する手間を大幅に削減してくれます。
「グループ機能」とその実例
エクスプレッションマップの「グループ機能」とは、最大4つに分類された各グループから1つずつアーティキュレーションを選択して組み合わせることによって、豊富な演奏表現(奏法や音色)を分かりやすく操作できるようにする仕組みのことです。
例えば、弦楽器で「アルコ奏法(グループ1)で、レガート(グループ2)させて、さらに弱音器(グループ3)をつける」といった表現が、1つのサウンドスロットで定義できるようになります。
サウンドスロットセクションには「リモート」「名前」に続いて「アーティキュレーション1~4」の列があり、これが各グループに対応しています。
グループ機能を使用したシンプルな実例
グループ機能は一見複雑で正しく動作させるのが難しそうですが、実例を見ればよく理解できると思います。
下の画像は、グループ機能を使って構成された、シンプルなエクスプレッションマップの例です。
サウンドスロットの一段目(白い背景の行)に注目して下さい。アーティキュレーション1には「arco」(矢印A)、アーティキュレーション2には「senza sord.」(矢印B)がそれぞれ設定されています。
これは、「キーエディター上においてグループ1でarcoが、グループ2でsenza sord.が同時に組み合わさって指定されたら、このサウンドスロットの出力マッピング情報(矢印C)を出力しなさい」という意味になります。
画像の右下のアーティキュレーションセクションには、このエクスプレッションマップで使用されているアーティキュレーションがすべて並んでおり、よく見るとグループごとに分類されているのが分かります(右端に「グループ」の列がある)。
5つのアーティキュレーションが各サウンドスロットのどこに配置されているか、グループ分けに注意しながら確認してみて下さい。
なお、アーティキュレーションには「タイプ」という設定項目があり、「属性」と「奏法指示」のどちらかを指定するわけですが、グループ機能においてはどちらも同様に機能しますので、好みや目的に応じて選択してかまいません。
では次に、このエクスプレッションマップがキーエディター上でどのように動作するのかを見てみましょう。
前の画像の右下に表示されていた「アーティキュレーション」の一覧と同じ内容が、キーエディタ上に並んでいるのが分かります。
ここで各グループからひとつづつアーティキュレーションを選んで組み合わせてサウンドスロットを選択すると、そのスロットの出力マッピングのMIDI情報が出力されて音色が切り替わるというわけです。
具体的に見ていきましょう。
画像内の「矢印1」のタイミングでは、グループ1の「staccato」とグループ2の「senza sord.」が指定されています。
ですので、前の画像の「矢印D」のサウンドスロットが選択され、そのスロットの出力マッピングに従ってMIDI情報が出力されることになります。
同様に「矢印2」のタイミングでは、グループ1の「staccato」とグループ2の「con sord.」が指定されていますので、「矢印E」のサウンドスロットに設定してある出力マッピングのMIDI情報が出力されるわけです。
このように順を追って見ていくことで、グループ機能を使ったエクスプレッションマップの設定方法がよく理解できると思います。
一旦分かってしまえば仕組みは簡単です。あとは手持ちのバーチャルインストゥルメントの仕様に応じて、必要なアーティキュレーションとその組み合わせを設定していけば大丈夫です。
グループ機能を使った複雑なエクスプレッションマップの問題点
すでにお気づきかもしれませんが、グループ機能を使って複雑なエクスプレッションマップを作成していくと、用意すべきサウンドスロットの数が一気に倍増していくという問題があります。
例えば、グループ1に基本的なアーティキュレーションが10個、グループ2に補助的なものが5個ある場合、用意すべきサウンドスロットの数は50個になります。
また、基本アーティキュレーションが10個で、補助的なグループが3つあってそれぞれアーティキュレーションが3個ある場合、「10×3×3×3=270」になるので、この場合なんと270個ものサウンドスロットを用意しなければなりません。
Cubaseのエクスプレッションマップの設定画面は、お世辞にも操作性が良いとは言えず、むしろ編集機能は貧弱と言わざるを得ません。
そんな設定画面で270個ものサウンドスロットと出力マッピングを設定してくことは現実的ではなく、もし実際に作成していくにしても膨大な時間と手間が必要になることは疑いありません。
これが、グループ機能がほとんど利用されず、知名度も低いことの大きな要因の一つであることは、疑いのない事実だと言えます。
エクスプレッションマップ作成の優れたツールの紹介
Cubaseコミュニティーにおいて、このようなエクスプレッションマップの設定にまつわる課題は、長年の共通問題として皆の頭を悩ませてきました。
そんな中、コミュニティーの有志であるmk1x86氏が、とても優れたエクスプレッションマップ作成ウェブツールを公開して下さっています。
このツールは、グループ分けされた個々のアーティキュレーションと出力マッピングを用意すれば、あとは自動で全ての組み合わせのサウンドスロットを作成してくれる、というものです。
先程の例の「270個のサウンドスロット」と同じものを作成する場合、このツールを使えば「10+3+3+3」の19個で済むことになります。Cubaseよりも編集機能が豊富で優れていますので、作業自体も楽でスムーズに行えます。
詳しい使い方は、ツールのヘルプ画面を参照して下さい。作成したエクスプレッションマップの元データは独自形式で保存可能ですので、将来の修正や調整にも対応できます。
下記のリンクは、Steinberg公式フォーラムの該当スレッドです。こちらも利用する際の参考にしてください。

【補足】アーティキュレーションの優先順位について
グループ機能を使う場合、すべての組み合わせを網羅したサウンドスロットを用意していないと、キーエディター上で偶然指定されたアーティキュレーションの組み合わせに対して、正確に一致するサウンドスロットが無い──という状態が生じます。
これはサウンドスロットを作成するとき、「自分が指定する予定の組み合わせだけを用意する」という方法で進めると起こりやすい現象です。
正確に一致するサウンドスロットがない場合、Cubaseはより高い優先順位となる上位のグループのアーティキュレーションを優先して参照し、できるだけ多くアーティキュレーションが一致するサウンドスロットを選択しようとします。
例えば、キーエディター上では「グループ1」「グループ2」「グループ3」それぞれからアーティキュレーションが指定されているものの、サウンドスロットには完全一致するものが無かったとします。
このとき、もし「グループ1と3」が一致するスロットと「グループ2と3」が一致するスロットがあった場合、Cubaseはより上位のグループでアーティキュレーションが一致している「グループ1と3」のスロットを選択するわけです。
この優先順位の仕組みを利用すると、そもそも該当する音色がないサウンドスロットを意図的に省略することが可能になるので、必要なアーティキュレーションの組み合わせは抑えながらも、比較的コンパクトなエクスプレッションマップを作成することができます。
最後に
Cubaseのエクスプレッションマップ、特にグループ機能は、設定に手間がかかる側面はあるものの、一度そのメリットを理解して使いこなせるようになれば、あなたの制作プロセスがさらに洗練されるはずです。
最初は戸惑うかもしれませんが、この記事で紹介した内容を参考に、ぜひご自身のバーチャルインストゥルメントと向き合い、試行錯誤してみてください。それぞれの音源には個性があり、最適なエクスプレッションマップ設定も異なります。その探求は、よりリアルで表現力豊かな音楽制作への道につながっていることでしょう。
参考記事
もし、設定したエクスプレッションマップが正しく動作しないという場合は、Cubaseのバグもしくは「知られざる仕様」が原因かもしれません。
下記の記事では、そんなエクスプレッションマップの仕様への対策について解説しています。
