スペースキーを押して再生を開始するとCubaseでは通常、ワンテンポ遅れて再生が始まります。再生開始時の遅延は各種設定の状態によって決まりますが、設定によっては操作性に影響を及ぼすほどの遅れが生じる可能性があります。
この記事では、再生開始時の遅延を左右する項目を取り上げ、反応の良い快適なトランスポート操作のための設定について解説していきます。
これらの対策を行うことで、トランスポート操作と共に、MIDIデータやオーディオデータなどの各種編集動作の反応も改善される可能性があります。
項目1:オーディオインターフェースのバッファサイズ
言うまでもなく、オーディオインターフェースのバッファ(ASIOバッファ)サイズは、再生遅延のみならずCubaseの全体的な操作反応に影響を及ぼします。
そのため、リアルタイム録音を制作の中心に据えているユーザーは、ASIO設定で可能な限り小さなバッファサイズにしておく必要があります。
しかし、現実的なバッファサイズはCPUパワーとの兼ね合いによって決まりますので、ある程度の妥協が求められます。
MIDI編集がメインの場合、ASIOバッファを小さくする必要性が下がるため、インストゥルメントや各種エフェクターを数多くインサートできるメリットがあります。
しかし再生開始時やMIDI編集の反応にもASIOバッファの大きさは影響を及ぼすため、きびきびとした操作レスポンスを求めるならば、ある程度は小さなバッファに設定しておく必要があります。
項目2:プラグインエフェクター&ソフトウェア音源のレイテンシー
オーディオインターフェースのバッファを小さな値に設定しているのに、再生遅延や操作レスポンスが悪い場合、トラックにインサートしているプラグインエフェクターのレイテンシーが影響を及ぼしている場合があります。
Cubaseでは通常「プラグインディレイ補正」という機能が働いています。これはプラグインのレイテンシーによって生じる各トラック間のズレを自動的に補正し、全トラックのタイミングを揃えるという機能です。これにより、各トラックの音が常に同期した状態で再生されるため、ミックスの整合性を保つことができます。
ですが、最大のレイテンシーを発生させているチャンネルにその他のチャンネルを同期させる結果、大きなレイテンシーのチャンネルに足を引っ張られる形になるため、今回問題にしている「トランスポート操作や編集動作の遅延」という現象を引き起こしてしまいます。
よくあるのは、マスタートラックやグループバスにインサートした高性能のマスタリング系プラグインが原因だったというケースです。
私も過去に、高品質設定にしたiZotope Ozoneのマキシマイザーが原因で、常時数百ミリ秒のレイテンシーが生じてしまったことがあります。このときは再生スタートや音符編集の際に強い違和感を感じるほどの遅延がありました。
他にも、一つのチャンネルで多数のプラグインをインサートしてエフェクターチェインを構成している場合や、プラグインをインサートした多くのグループバスを経由させるルーティングを構成している場合も、レイテンシーが蓄積して大きな遅延となる可能性があります。
プラグインのレイテンシーは、ミックスコンソール上で確認することが出来ます。
ミックスコンソールの「ウィンドウレイアウトの設定」で「チャンネルレイテンシー」をオンにすると、各チャンネルフェーダーの上にレイテンシーの合計値が表示されるようになります。
その合計値の部分をクリックすると、そのチャンネルにインサートされている個々のプラグインのレイテンシー値を確認することが出来ます。
大きなレイテンシー値を示すプラグインが特定できたら、制作の終盤まではそのプラグインを停止しておくか、代替となる軽いプラグインに置き換えておくといった対策を取ります。
プラグインによっては、低レイテンシーモード(LIVEモード)を搭載しているものがあり、その場合このモードをオンにすることでレイテンシーを抑えることが可能です(Steinberg付属プラグインの場合は「LIVEボタン」が低レイテンシーモードの切替スイッチになっています)。
その他の対策として、次に示す「プラグインディレイ補正の解除」を用いる方法があり、実際の制作作業時にはそちらの方法をおすすめします。
「プラグインディレイ補正の解除」を活用して対策する
「プラグインディレイ補正の解除」という機能を使用することで、レイテンシーを抑えて各種操作を行うことが可能になります。
ただし、この機能を使用した際のCubaseの動作をよく理解しておく必要があります。
「プラグインディレイ補正の解除」機能は、下記の画像の位置にあります(押しやすいショートカットキーに割り当てておくことを推奨します)。
「プラグインディレイ補正の解除」をオンにすると、設定されている閾値以上のレイテンシーを発生させているプラグインが停止され、その結果全体のレイテンシーが削減されるようになっています。
言い換えると、重たいプラグインが強制的に停止される結果、再生される音声は変化してしまうので注意して下さい(例えばコンプレッサーやリミッターが停止された場合、モニター時の音量や音質が変わることになります)。
なお初期状態の場合、わずかでもレイテンシーがあるプラグインは停止される設定になっています。ここで、許容できるレイテンシーを予め指定しておくことで、プラグインディレイ補正の解除をしたときの音質の変化を最小限にとどめることが可能です。
停止させるレイテンシーの閾値の設定場所は、環境設定の「VST」欄にある「ディレイ補正の基準遅延時間」です(下記画像を参照)。
あと、FXトラックにインサートされているプラグインは影響を受けませんので、停止させたくない重たいプラグインは、FXトラックを使って迂回ルーティングを構成してやることで「プラグインディレイ補正の解除」機能を回避させることも可能です。
「プラグインディレイ補正の解除」機能をショートカットで切り替えながら使用することで、編集や録音再生などの状況に応じてレイテンシーと音質(プラグインによる効果)のトレードオフをコントロールすることが可能になります。
※その他・Vienna Emsenble Proのバッファ設定値
オーケストラ・モックアップの制作をしている場合、Vienna Emsenble Pro(VEP)を使用しているケースもあるでしょう。
その場合、VEPのバッファサイズもCubase全体のレスポンスに影響を及ぼすので注意が必要です。
無闇に大きなバッファサイズに設定せず、必要最小限にとどめながら制作することをお勧めします。
大きすぎるバッファは再生遅延の要因だけでなく、キーエディターでのノート編集時にリハーサル音が上手く鳴らなくなる等の問題の原因にもなります。
公式アドバイスにもあるように、最初は2で使いながら、過負荷によるノイズが確認できた時点でバッファを増やすようにしてみましょう。
項目3:MIDIレイテンシーモードの設定
意外と見過ごされがちなのですが、MIDIレイテンシーの設定を見直すことでCubaseの再生開始時の遅延を減少でき、レスポンスを向上させることが可能です。
MIDIレイテンシーモード設定場所は、環境設定の「MIDI」の項目にあります。
初期設定は「標準」になっていますが、これを「低」に設定することによって再生開始時のレスポンスが向上します。
Steinbergの解説によると、MIDIレイテンシーを低くするとCPU負荷が上がるとのことですが、現在のCPUにとっては誤差の範囲といってよいです。
実際、私はi5-8400という古い世代のWindowsマシンで「低」の設定で常用していますが、「標準」設定時との違いは見られません(CPUモニターの数値も変化が見られない)。
MIDIレイテンシー設定を変更すると、目に見えて再生開始時のレスポンスが向上するのが分かりますので、設定を変えて問題が見られない限りは「低」の設定を使用することをお勧めします。
公式マニュアルを読む限り、相当な高密度のコントロールチェンジイベントを大量のトラックで同時再生しない限りは、特に問題は発生しないと思われます。