(初出2002年4月9日)
本書は音楽美学の歴史とその概要を網羅し、それらへの解説と批評がなされている、今なお優れた入門書でありガイドブックです。著者は本書を指して「音楽美学序説」と呼んでおり、読者にはここからそれぞれの“本論”へと進んで行くことが期待されています。
第3章「音楽の本質的特徴」では、音楽的時間の特質、音楽と自我の親近性、そして音楽の感覚性の独自の意味について触れられており、さらにキルケゴールの音楽論を引き合いに出しながら「特別な意味での感覚性の世界」を示そうとしており、本書の読みどころのひとつとなっています。
本書が出版されたのは1981年のため、巻末の文献紹介は当然ながら新しいものが反映されていませんが、古典と呼ばれるものを中心に取り上げられているため、初学者にとって基礎的な文献を知るのに役立つものとなっています。
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本書はタイトルにもある様に「入門書」です。現在美学的問題となっていることに関する考察を掘り下げるのではなく、「歴史は音楽をどの様に捉えてきたか」ということのカタログのような本です。つまり、この本を足がかりに各人がそれぞれの理解へ向けて出発して行くための序説なのだと言えるでしょう。
著者による文章は平易で、論旨も明快です。優れた歴史物語を読む様に読み進めていく中で、自ずと過去の主義主張や傾向といった歴史的事項に触れることになります。結果として、音楽を語るボキャブラリーが増えた様に感じられるのではないでしょうか。そして、だからこそ、いよいよ音楽を言葉で表すことが困難に感じられるものだと思います。
「分かり始めたからこそ、分からないことが増える」という事態は、学びと成長において好ましいことです。私にとって本書は、良き先生、良き教科書といったものでした。歩き方は教えてくれませんが、気付けば自分で歩き出せるだけの力を最低限付けてくれていた、そんな印象を持っています。
子供の頃に使っていた教科書を見返すと、教科書自体の内容のコンパクトさと、そこから得たものの大きさのギャップに驚くことがありますが、まさにそんな感覚を本書からは感じます。時間を置いて読み返すと、入門書としての出来の良さに感嘆するのです。
『音楽美学入門』の目次
- 序
- 第一部 音楽美学基礎論
- 第一章 音楽の始源-ムーシケー
- 音楽とムーシケー/テクネーとムーシケー/ムーシケーの特徴/ムーシケーの解体/日本の場合
- 第二章 音
- 音楽と音/音の根本的存在性格/意味の担い手としての音楽音
- 第三章 音楽の本質的特徴
- 抽象性/運動性/時間性/感情との密接な関連/感覚性
- 第四章 音楽作品と楽譜・鳴りひびき
- 音楽「作品」/ノモスとしての音楽作品/音楽作品のノモスとしての性格の喪失
- 第五章 音楽体験
- 作曲/演奏/聴体験
- 第六章 音楽の理解
- 理解の前提条件-作品本位/理解の必要条件-作品の分析/理解の十分条件-作品の解釈
- 第七章 解釈とかたち
- 結び
- 第一章 音楽の始源-ムーシケー
- 第二部 音楽美学思想の流れ
- 第一章 古代
- 第二章 中世
- 第三章 近世
- 第四章 近代
- 第五章 現代
- 注/音楽美学の文献/人名索引/巻末 I /事項索引/巻末 VII
著者について
国安洋(くにやす よう)
1938年大連に生まれる。1966年東京大学大学院修了。現在、横浜国立大学教授、東京大学、実践女子大学、各講師。専攻-美学・芸術学。(本書より引用)