レビュー『精神と音楽の交響』今道友信 編著

ブックレビュー
精神と音楽の交響
音楽之友社
今道 友信 (編集)

(初出2002年4月9日)

西洋音楽美学の歴史を俯瞰する構成で編まれた、音楽美学の研究論文集です。編者は今道友信氏で、今道氏は美学解説の名著のひとつ『美について』(講談社新書)の著者でもあります。

論文の一つひとつは、プトレマイオスの調和論から始まり、デカルトやルソー、ハンスリックやシェンカー、アドルノやL・B・マイヤーらの音楽論への考察、そして現代音楽へという流れになっています。

それぞれの論文は独立しながらも緩やかな連続性を感じさせる構成となっており、これは編者のバランス感覚が発揮されたものと言えるでしょう。単なる思想史の羅列に終わらず、それぞれの時代の音楽作品や社会状況との関連性を深く考察している点が特筆されます。

多くの音楽美学史の類書が、個々の思想家や時代ごとの特徴を並列的に紹介する傾向があるのに対し、本書は今道氏の美学思想という強力なフレームワークのもと、有機的に各論が結びつけられていると言えます。これにより、音楽美学の歴史が一本の大きな流れとして理解できるようになっています。

具体的な内容として、『音楽的「知」の一体系』では、理論家と実践家の能力をひとつの人格の内に結合した音楽家とされるヨハン・マッテゾンについて取り上げ、彼の著作を紐解きながら18世紀前半のドイツに育まれていた音楽観に光を当てます。

また『模倣からキャラクテールへ』では、近代的音楽思想の揺籃期として位置づけられている18世紀後半において、音楽模倣論に対して起こった異論の典型的なケースとしてシャバノンの音楽論に着目し、古典派の音楽観への理解の一助となる論を展開していきます。

『媒介としての形式と真理』では、アドルノの音楽論を取り上げ、「媒介としての形式」から「形式と内容との弁証法」へと論を進め、芸術作品は形式の内在的整合性に媒介されることによって形なきものに形を与え、その合理性によって脱魔術化を推進すると共に、その一方で現実とは異なったものになることでその現実を批判するのだ、と論じます。

さらにまた『音楽の意味と形』では、L・B・マイヤーの著書『音楽における情動と意味』の意味論について検討し、その問題点を解きほぐしながら、音楽の美的過程の本質的な構造に迫ります。

もしあなたが、音楽について「なぜだろう」と思うことが多くて、抽象的(形而上的)に考えることに楽しさを覚えるのであれば、音楽美学に触れることをおすすめします。古来、音楽の生み出す美、パワーといったものに興味を持ち、それに対して言葉で向かって行った賢人達は数多くいます。例えば「我思う故に我あり」でお馴染みのデカルトも「音楽論」という書物を残しています。

本書は、現代の論者による17本の論文を対象時代順に並べ、西洋音楽美学の流れを表現しています。本書を通読すれば、当時の音楽の捉え方、当時の人々にとっての音楽というものに近づくことができ、そしてまた「音楽が持つ力の唯一無二性」に対する強い関心が全体を貫いている、ということを感じることが出来るのではないかと思います。

ただやはり、本書の体裁が論文集である以上、取っ付き難い印象を与えてしまうものであることは事実です。総じて専門性が高く、背景となる研究への理解が必要となる場面も多いため、読者を選ぶ傾向の強い本でしょう。私も守備範囲外の論文に対しては理解に程遠い状況です。

しかし、どれか一つでもツボにはまると、そこを入り口に、近接する時代への理解が深まったり、「我が意を得たり」の心境になれたりしますので、前述したことに当てはまる人は一読をおすすめします。

精神と音楽の交響
音楽之友社
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今道 友信 (編集)

『精神と音楽の交響』の目次

  • 編者はじがき
  • 思想の自己提示としての音楽 今道友信
  • 諸天体の構造的響和 『プトレマイオスの宇宙調和論』 津上英輔
  • 内なる音楽 『アウグスティヌスの「音楽論」について』 田中香澄
  • 飛天の楽芸 『プレトーリウスの「音楽大全」』 今道友信
  • 耳から知性への音楽 『デカルトにおける美と音楽の快』 佐々木健一
  • 音楽的「知」の一体系 『マッテゾンの音楽情念論』 磯山雅
  • 十八世紀のアヴァン=ギャルド 『ルソーの音楽思想』 海老澤敏
  • 十八世紀的音楽思想の一断面 『エクシメーノの「音楽の起源と規則」の場合』 ホアキン・M・ベニテズ
  • 模倣からキャラクテールへ 『シャバノンの音楽論』 小穴晶子
  • 音楽は意志の客観化 『ショーペンハウアーの音楽美学』 渡辺護
  • 音楽における受容美学 『ハンスリックの聴体験論』 国安洋
  • 生の音楽理論 『シェンカーの「自由作法」における音楽観』 幣原映智
  • 媒介としての形式と真理 『アドルノの批判的音楽理論』 庄野進
  • 音楽の社会学的解釈 『アドルノの音楽学的観相学をめぐって』 根岸一美
  • 語り得ないもの、音楽と死 『ジャンケレヴィッチのドビュッシー解釈』 橋本典子
  • 音楽の意味と形 『マイヤー再考』 戸澤義夫
  • 現代音楽における主傾向の区別の試み ホアキン・M・ベニテズ
  • 初出一覧/執筆者紹介

著者について

今道友信(いまみち とものぶ)

1922年生まれ。1948年、東京大学文学部哲学科卒業。東京大学名誉教授。文学博士。現在、英知大学教授、パリ哲学国際研究所所長、哲学美学比較研究国際センター所長。国際美学会名誉会長を経て終身委員、国際哲学会常任委員。専攻:哲学、倫理学、美学。(本書より引用)

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プロフィール
Masaharu      

ジャズとクラシックをベースに、実験的なクロスオーバー音楽を作曲。舞台音楽やゲーム音楽の制作経験を活かし、物語性のある音楽を追求。