レビュー『バルトークの作曲技法』エルネ・レンドヴァイ著

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バルトークの作曲技法 エルネ・レンドヴァイ 著/谷本一之 訳
ゼンオン(ZENON)
エルネ レンドヴァイ (著), 谷本 一之 (翻訳)

(初出2002年4月9日)

本書は、バルトークの音楽作品の特徴を「黄金比」「フィボナッチ数列」によって捉え分析を行った研究書です。『弦・打・チェレスタのための音楽』や『ピアノコンチェルト』、『ミクロコスモス』など、代表曲を譜例を交えて取り上げながらバルトーク独自の作曲の方法論を明らかにし、それら作品が単なる無調や民族音楽の引用に留まらない、緻密な数学的・構造的原理に基づいていることを示します。

バルトークは自身の作曲技法について、ほとんど書き残していません。そのため、彼の音楽の深層にある原理は謎に包まれていました。著者レンドヴァイはこの謎に果敢に挑み、彼の作品を詳細にアナリーゼすることで、バルトーク自身も認識していなかったかもしれない、あるいは意図的に語らなかった独自の作曲原理を「発見」しようとしました。この点において、類書には見られない探求の面白さと深さがあります。

著者が提唱する理論のひとつに「中心軸システム(Axis System)」があります。これは、古典的な調性音楽における「トニック」「サブドミナント」「ドミナント」という和声機能を、半音階上の12音すべてに拡張して割り振るという、著者独自の理論です。

この中心軸システムにより、12音すべてが3つの機能(トニック軸、サブドミナント軸、ドミナント軸)のいずれかに属することになり、調性感を保ちつつも、従来の調性にとらわれない自由な和声進行を可能にすると著者は述べます。そしてこのシステムを通して、バルトークの音楽における「遠隔転調」や「両義的な調性」といった特徴を論理的に説明することが可能だと主張します。

シェーンベルクの12音技法が無調性を目指し、完全に新しいシステムを構築したのに対し、著者レンドヴァイの中心軸システムは、従来の調性機能を拡大解釈することによって12音すべてを包括するシステムとして構想されています。これは、バルトークの音楽が「完全に無調ではないにもかかわらず伝統的な和声理論では分析しきれない」という複雑な響きを持っていることへの、著者なりの回答と言えるでしょう。

そして「黄金比」と「フィボナッチ数列」という、 視覚芸術や建築においては古くから用いられてきたこれらの概念を音楽の時間的・構造的な側面にも積極的に応用し、そこから具体的な分析例を豊富に示すことを通じて、バルトーク作品のもつ構造的特徴を明らかにしていきます。このように、体感時間にも黄金比を持ち込むという発想自体が、非常に独創的であり画期的だったと言えます。

ただ、“音楽的時間”という体感時間に黄金比を持ち込むことの是非や、論旨に我田引水の嫌いが若干あるなど、現在ではその研究成果への疑問も呈されていますが、バルトークの作曲技法の独自性を明らかにすることに成功したという、その歴史的意義は薄れるものではありません。

日頃からバルトークの音楽に馴染みのある人や、その響きの世界の一端を手中にしてみたい作曲者には、その具体的な分析内容が応用のきっかけとして生きてくると思います。なお本書は、バルトークの作曲技法を手取り足取り教示してくれるタイプの本ではありません。楽典や和声の初歩的な知識は必須です。

バルトークは伝統的西洋音楽の作曲における大きな力である「属和音」「五度圏」「導音」といった要素を独自の観点から組織化し、それを元に作曲を行いました。バルトークの発言に「全ての芸術は、先立つ時代の芸術にその根を持っているべきである。そして、持つだけでなく、そこから育たなければならない」とあるように、西洋音楽を根とし、そこからさらに育てて行こうとしたわけです。

著者によると、それに当たってバルトークに大きな影響を与えたのは、自然界に見られる「黄金比(1:0.618…)」だと指摘します。黄金比はその視覚的自然さとバランスの美しさから、建築や造形美術に広く応用されていますが、音楽に積極的に応用したのはバルトークが初めてと見られます。音楽に実際利用されたのは、黄金比を生み出す「フィボナッチ数列(1、2、3、5、8、13・・・)」で、これが主に音程へと適用されました。

さて、そこからどんな音楽が生まれたのかは、実際に聴いて頂くしかありません。私見を述べれば、「透明で厳しい音楽」だと思います。ちなみに、フィボナッチ数列の「13」を音程に直すと「短九度(オクターブ12半音+1半音)」という、“耳に辛い”音程が生じます。そして、実際の曲中にも短九度が頻出しています。ところが、不思議とバルトークの音楽には透明感を感じるのです。こういったところが音楽の不思議さです。

ちなみに、バルトークの旋律や和音は、ジャズのサウンドととても似たところがあるのが面白いところです。あなたも本書でバルトーク・サウンドに触れてみませんか?

バルトークの作曲技法 エルネ・レンドヴァイ 著/谷本一之 訳
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エルネ レンドヴァイ (著), 谷本 一之 (翻訳)

『バルトークの作曲技法』の目次

  • 音組織の原理
    • 中心軸のシステム
  • 形式の諸原理
    • 黄金分割
    • フィボナッチの数列
  • 和音と音程への適用
    • 半音階システム
    • 全音階システム
  • 附録 I、II、III
  • 訳者あとがき

著者について

エルネ・レンドヴァイ

エルネ・レンドヴァイは、1925年ハンガリーの西南部の小都市コポシュヴァールに生まれています。ブダペストのリスト音楽院で作曲、理論を専攻、卒業後ソンバトヘイ、ジュール、セゲド、ブダペスト等の音楽専門学校の教師を歴任、一時、放送局に勤めていたこともありますが、現在(*当時)はブダペスト音楽大学の講師です。(本書より引用)

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プロフィール
Masaharu      

ジャズとクラシックをベースに、実験的なクロスオーバー音楽を作曲。舞台音楽やゲーム音楽の制作経験を活かし、物語性のある音楽を追求。