音楽における”歴史的問い”の喪失~『ポスト・テクノ(ロジー)ミュージック』を読んで

ブックレビュー

(初出2002年4月8日)

ポスト・テクノ(ロジー)ミュージック―拡散する「音楽」、解体する「人間」
大村書店
久保田 晃弘 (著), 椹木 野衣 (著), 佐々木 敦 (著)

まずは本書の論考のひとつ、椹木野衣氏の「”音楽”の消滅とその<痕跡>」からの引用をご覧ください。

美術史におけるマルセル・デュシャンの試みの例を引くまでもなく、近代以降、「作品」の価値を決定する最終的な基準というものは存在しない。したがって、作品の評価はかつてのように作品そのものの<質>においてなされるのではなく、たとえ物体としては「便器」であったとしても、それが美術館であれ美術市場であれ<流通>することが可能であれば、何であれそれは便器を超えた価値がある、というふうに裏返されたのである。 (p160)

音楽に限らず、表現行為の背後には歴史的なものが意識されてきたと言えます。代表的なところでは、西洋クラシック音楽の流れが挙げられるでしょう。その時々の作曲家達は、過去の遺産と対峙しながら、それへのオマージュ、それとは別の何か、それを超えるものを目指し創り上げて来ました。また、一神教が背負っている歴史との関係は常に何らかの影響を及ぼしています。戦後の前衛音楽においても、それまでの歴史的なものを意識(否定)した上で革新を目指していった、という点において同様でしょう。

「今までは何だったのか? そしてこれからはどうするのか?」という問いかけは、常に歴史的な問いとなります。「それ(作品)が、それであることの意味はどこにあるのか?」──そんな問いに言い直せるかもしれません。「名作の焼き直し」や「劣化コピー(稚拙な模倣)」といったものが非難されるのは、「今、何故それをつくる意味があるのか」ということが作者に意識されていないという、「歴史認識の甘さ」に対するものが一つの理由としてあると思います(ここでは進歩的歴史観そのものの是非は保留しておきます)。

しかし、音楽が商品として市場経済に組み込まれるようになった現在、そちらの視点から音楽を眺めてみると、違った原理で音楽表現が行われていることに気付きます。

例えば、ヒットチャートにおいてリバイバル作品が話題に上った時、「何故、今この曲が?」ということはよくあることだと思います。この時に重要視されているのは、音楽市場の品目リストにおいてその存在が珍しいかどうか、他の曲との「差異」が有るかどうか、という点ではないでしょうか。ですから、その差異が消失するような状態、つまり類似曲の頻出によるインフレ状態や、聴き手における飽和(飽きられること)によって簡単に市場から消え去っていきます。もっとも、市場から消えるだけで、人々の記憶に残る可能性があることは救いではあります。

現在の音楽のメジャーシーンにおいて、ひとりのアーティストが長期継続的に作品を発表し続けるということが稀になってきているように思います。これは、市場における「差異」の創出という観点からすると必然と言えるでしょう。ひとりのアーティストの手によって差異をつくり続けるよりも、多数のアーティスト達がその存在自体を差異として少数の作品を提示して行くことの方が、市場にとってリスクが少なく効率的だからです。

冒頭で引用した文章を思い出してください。逆説的には「音楽が市場で差異として流通している」というより、「市場で流通している商品同士の差異が音楽だ」と言い得るでしょう。もっと突き詰めれば、誰がどの様に作品を創ったかということは意味を持たず、市場が求めているのは、下記の引用が示すものだということになります。

歴史的正統性を持った「作家」などではなく、その時々に資本主義的新奇さを投げ込んでくれる差異のプロセスとしての「作品」=「商品」のほうであって、それが一定の需要と供給を満たせるのであれば、「作家」などは必要ないのである。 (p169)

椹木氏はここから、このことのネガ・ポジ両面を見つつ、表現者に求められる意識、取り得る行動等を考察していきます。この辺りは示唆に富んだ部分で大変興味深いと言えますので、ぜひご覧ください。

自らの作曲によって生まれた音楽は、どのような道を辿って行くのか。生みっ放しにするのではなく、人々との関係性の中においてどの様に在れるのか──。歴史的な流れの中に自らを省みることや、差異のプロセスとの距離を考えたりすることを通して、テクノロジーと音楽についての考えを深めてみては如何でしょうか。テクノロジーという言葉には「インターネット」も当然含まれているのですから。

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